Introduction

全ての人に安心を届けるために、
私たちは常に新たな支援の価値を創造し続ける

 

1995年~新潟時代

私は、1995年に大学を卒業しソーシャルワーカーとして新潟県で仕事を始めました。
仕事を始めた当初は独立することなど一切考えていませんでした。
その後、様々な経験を積ませていただくことで、いずれ独立したいという気持ちが湧いてきました。
しかし、当時の制度・政策の中での独立は、非常に困難なものでした。

転換期は2000年(28歳)の介護保険法の施行や、2006年(34歳)の障害者自立支援法の施行でした。
それまでケアマネジメントは無報酬でしたが、法施行によりケアマネジメントが報酬化され、相談系事業の独立にわずかな光が差しました。

しかしながら、独立できるだけの十分な報酬ではなかったため、40歳頃までは与えられた仕事に熱心に取り組みました。
30~40歳代に取り組んだ研修・研究事業や団体活動、災害時支援等の様々な経験は、今でも仕事の基盤になっています。
この頃は頭で汗をかくことは苦手でしたが、身体で汗をかくことは得意なこともあり、徹夜で仕事をすることも多くありました。

独立の決心は忘れもしない2012年12月1日

背景にはオールケアマネの導入が決まったこともありますが、背中を押したのは大先輩の激でした。
70歳間近の大先輩は壇上でソーシャルワーカー全体に向けて「もっと本気で仕事に向き合いなさい」と激を飛ばしていました。
この言葉が私に突き刺さり翌日の空港で見かけた大先輩に、一方的に独立宣言をしたことを覚えています。
その後2年間かけて準備を行い、新潟県から東京都にフィールドを移しました。

ステージを東京へ・・・

東京都では少しの仲間と少しのネットワークがありましたが、ほぼゼロからのスタートでした。
私が尊敬していたケアマネジメントの伝道師から「活動する地域を変えると、ケアマネジメントはできなくなる」と言われていましたが、まさにその通り、土地勘もなく、社会資源も1から覚えなければならず、関係機関との信頼構築もゼロからのスタートで、まともなケアマネジメントができるまで3年かかりました。

2014年(42歳)からの独立は、ゼロから信頼を得る苦労はありましたが、信頼を得るためには謙虚な態度が肝要であるということを見直す機会にもなりました。
優秀な職員に恵まれましたが、スタートの2~3年間は職員と共に寝る間を惜しんで仕事に取り組まざるを得ませんでした。
職員は今でも開業当時の激務は思い出したくないと言っています。

その後、2016年に荒川区の委託相談支援事業、
2018年に東京都の委託事業、
2020年に荒川区の基幹相談支援事業と、
2年ごとに各種相談支援事業を荒川区や東京都から受託することができました。
職員数も、スタート時は6名でしたが現在は16名に増えました。

私がソラティオを設立した目的は2つありました。
1つ目は相談支援専門員とピアサポーターの協働支援モデルを作ること、2つ目は相談支援事業のみで社会福祉法人格を取得することです。
お陰様で8年かけてその目的を達成することができました。

全国でも少しずつ相談支援事業で独立するソーシャルワーカーが増えてきていますが、まだ十分ではないと思います。
相談支援事業は共生社会の実現に寄与できる最も大事な事業だと考えています。
だからこそ、相談支援事業を担う私たちが力をつけ、活動を広げ、社会に貢献していくことは重要な意味を持っていると思います。

国内初 相談支援事業のみの社会福祉法人へ

2022年から、いよいよ社会福祉法人ソラティオとしてスタートしました。
社会福祉法人として私たちが地域に貢献できることは何かを模索しながら、これからも日々、誠実に謙虚に、そして熱心に与えられた役割を全うし、相談支援のリーディングカンパニーとして前進していきたいと思います。

座右の銘

真剣だと知恵が出る 中途半端だと愚痴が出る いい加減だといい訳ばかり

 

経営の指標

近江商人の商売十

2023年1月  岡部 正文

 

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