外部向け研修

対話から始まる協働 〜精神科医療の未来をともに考えるシンポジウム〜

2026年8月26日(水) 13:00~15:00 サンパール荒川3階小ホールにて、
コンパス主催のシンポジウムを開催いたしました。

当事者と対話する精神科医療
~良質な医療提供のための協働~

医療受領者と医療提供者という立場を超えて
精神科医療の未来と共に考える

当日は、精神障がいの当事者をはじめ、精神科医、研究者、行政担当者が登壇し、
精神科医療の現状や課題、そしてより良い医療を実現するために必要な
協働のあり方について議論が行われました。

異なる立場の参加者が率直に語り合う姿から見えてきたのは、
「良質な医療は対話から生まれる」という共通のメッセージでした。

わたなべ
わたなべ

できれば、シンポジウムの内容を余すことなく皆さんに紹介したいのですが、このブログではシンポジウムのほんの一部を、参加したわたなべの感想も含めて紹介させていただきます。

【登壇者】
進行:こさか (荒川区精神障がい者相談支援事業所コンパス)

  • 厚生労働省社会・援護局 障害保健福祉部 精神・障害保健課 課長補佐 佐藤 理氏
  • 公益財団法復康会 沼津中央病院院長 杉山直也先生
  • 医療法人社団東京愛成会 高月病院院長 長瀬幸弘先生
  • 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 部長 藤井千代先生
  • 当事者 廣瀬あづさ氏

「精神障がい者」というイメージではなく、一人の人として見る

「精神障がい者にどういうイメージを持っていますか?」

当事者である廣瀬さんから、ストレートな質問が飛びました。
廣瀬さん自身、精神障がい者に対して、
言葉を選ばずに言うと
「変な人が多い」、「話が通じない」、
というイメージを持っているそうです。

この問いに対して、
登壇した医師や研究者から共通して語られたのは、
「精神障がい者という一括りでは見ていない」
「障害はその人の一部であり、その一部以外が極めて重要」
という考え方が示され、「個人」を見ていることが伝わってきました。

わたなべ
わたなべ

私はこのやり取りを聞きながら、「わかる!」と思う一方で、
本当にそう見ることができているだろうか・・・と考えてしまいました。

私たちは無意識のうちに、
人を病名や診断名、肩書きや属性で
理解したつもりになってしまうことがあります。
確かに、精神障がい者に対する「変な人」という
イメージを持っている方も、中にはいるでしょう。

しかし目の前にいるのは、
「精神障がい者」というカテゴリーではなく、
それぞれ異なる人生を歩んできた一人の人です。
今回の対話は、そんな当たり前でありながら
大切なことを改めて気づかせてくれました。

セルフスティグマなのかもしれない

  • 就職する際、
     自分の障がいについてどこまで伝えるべきか
     判断が難しかった


  • 子どもを持つ親になってから、
     自分について質問された時、
     子どもへの影響を考え答えにくくなった


  • 「精神科病院」という言葉だけで
     周囲の反応が変わる

これは廣瀬さんの体験談です。

就職の場面やママ友等との人間関係の中で、
状態や経験の開示がどんな影響を及ぼすのか、
とても考えさせられました。

世の中にある偏ったイメージや固定観念が当事者に影響し、
セルフスティグマにつながることもあるのかもしれません。
これは精神障がいに限られたことではありませんが、
例え「気にしない」と決めていても、
複雑な要素が絡み合い、
本来の自分を発揮できない現実があることを改めて痛感しました。

登壇者からは

  • 高校生だけではなくもっと若い世代への学校教育
  • 地域での自然な交流
  • 当事者が社会で活躍する姿

が、世の中にある偏ったイメージの解消に重要だというメッセージがありました。

身体拘束を考える

当日の議論の中で特に印象的だったテーマの一つが、
身体拘束を含む行動制限についてでした。
当事者から、身体拘束を経験した際の
苦しさやつらさが率直に語られました。

  • 自由にトイレにも行けない
  • 寒くても自分で布団を掛けられない
  • 日常生活の当たり前が奪われる

一方で医療者はこのような想いを語られました。

身体拘束をできる限り減らしていきたい

安全確保と身体拘束ゼロの両立の難しさ

「身体拘束」・・・、
このワードを聞いて、一般的にどんなことを思い浮かべるでしょうか。
有無を言わせない、一方的な行動抑制。
そんな様子を思い浮かべる方も
いらっしゃるのではないでしょうか。

医療者は、ご本人の希望を聞いていたとしても、
ご本人の安全が脅かされれば
安全確保を優先しなければなりません。

ですが、
「身体拘束」という言葉を聞いたときに、
そこにどんな事情や理由があるかは、

経験がなければ考えることすらしないかもしれません。

また廣瀬さんから、ちょっと驚くような想いが語られました。

私には当時の廣瀬さんの思いを想像することはできません。

ですが、当時から前向きな気持ちだったことは考えにくく、
その後のたくさんの経験と様々な人との関わりを経て、
今こうしてお話ししてくださっているのではないだろうかと、
廣瀬さんの言葉にしばし思いを巡らせていました。

わたなべ
わたなべ

良質な医療の前には、良質な対話がある

「精神科病院」と聞くと、
暗くてあまり良いイメージはない、
そんな声もあるようです。
ですが、今では精神科病院の姿も、
少しずつ変わってきているようです。

その一方で

 診察時間が3分程度と短すぎることがある

 医療者から反応がなかったり、無表情で対応されたことがある

といった経験が語られる場面もあり、

「安心して話せる空気感を作って欲しい」という気持ちが伝えられました。

医療者との信頼関係は大切です。

そのためにも、医療の質の向上もちろん、
うまく話せないかもしれない当事者に対応する、
医療者側のコミュニケーションスキル向上も重要です。

良質な医療の土台には良質な対話があるということを特に強く感じました。

わたなべ
わたなべ

また、人員不足、地域差、体制の違いなど、
医療側が抱えている様々な課題についての説明もありました。

そういった中で拘束ゼロ化の実践に取り組んでおられる精神科医から、
医療者側の意識もだいぶ変わってきたことを教えていただきました。

このように変化があっても、全国一律の拘束ゼロは、今の段階では難しいそうです。

医療や行政の様々な実践をサポートする重要な要素は、
互いに話し、耳を傾け、理解しようとすることや
当事者との協働なのではないでしょうか。

それは診察室の中だけでなく、
医療機関と当事者、行政と市民、地域と支援者の関係においても、
同じなのかもしれませんね。

おわりに

今回、最も印象に残ったのは、
当事者、医療者、研究者、行政担当者、それぞれが
異なる立場から意見を述べながらも、
対立することなく、相手の話に耳を傾ける姿でした。

このシンポジウムは、
コンパスの こさか が、
質問を投げかけ、まとめ、進行しました。

身体拘束等のテーマは、
時には参加者にとっても気持ちが重くなりがちですが、
こさかと登壇者の、
お互いにリスペクトのあるやり取りは心地よく、
会場全体に関係性が伝わり、
最後まで安心して参加することができました。

そして、このシンポジウムによって、
「制度」や「精神科医療」が答えを出す
「当事者のための支援」ではなく、

「当事者とともに考える支援」
が重要であることを改めて認識することになり、

対話から始まる協働について
考える機会になったと思います。

精神科医療には様々な課題があり、
その環境は少しずつ変化しています。

当事者、医療者、研究者、行政担当者が
同じ場で対話すること。

その積み重ねが、
当事者の声を制度や医療に反映される仕組みとなる、
そんな未来が
今回のシンポジウムから見えた気がしました。

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